あの村に話を戻す その31

俺にとって「戦争」は あとになって考えると
 飢えに苦しんだことしか なにもない。 

敵機の空襲か 飢餓に脅えるか 命に係ることは
 違わないが あっという間に 命を絶つ方が楽か
なんて 一日腹を減らして栄養失調特有の
  汚い洟水を垂らして拭く紙もないから 袖口で
こすりあげる。 袖口は がちがちで びかびかだ。 
 ろくに風呂にも入らず 動きも鈍く子供らしさも
失せて 目だけ光らせて すぐ裏の波除の石の堤に
 腰かけて足をぶらぶらさせて ぼーっと水平線の
ゆるやかな曲線を見つめていた子供の姿が目に浮かぶ。

村の南のはずれの斜面の下が
     唯一 塩っ気のない井戸がある。 
共同炊事場で 小さな「赤蛙」を捉え 両股の部分を
 焚火で炙って食ったことがある。
あれは食えると村の誰かに聞いたのだ。
 まぁ鶏肉の焼き鳥?だから 空腹だったでけじゃなく
熟れた桃と この蛙はしみじみと旨かったと言える。
つづくけど。。。「からす」の話は十分だ。

絢爛たる花の季節なのに この在所の花粉症は
 多重化して目・鼻・喉・耳となにがなにやら?

ここに来て初めて行った眼医者・耳鼻咽喉科
 耳から花粉が侵入して内耳を腫らし 水に潜った
ときの鼓膜がツーンとして おまけで左膝から左肘
 首のリンパが腫れて なんで俺をこんなに虐める?
 

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