家を建てる その18

曽祖父は嘉永五年生まれで(茂三郎)ペリー提督来日の
 前年ということになる。 仕事は不詳。

祖父は大工で吉原の大門から浅草の竜泉が住まいだった。
 雇われ大工であろうことは貧しさから察しが付く
                 (富次郎)
故に父は年端も行かない小僧の時から貧困に喘いだ家を
 出て商店へ丁稚奉公へ名前が偉そうで「金太郎」とか
言われてたそうだ。        (孫三郎)

戦争後とはいえ金持ちは 焼け跡に家を建てる。 戦争に
 戦地から帰った兵士であり大工は どこからか廃材を
集めて槌音高く家を建てる。

素人の父が苦労したのが無学で屋根の勾配を計算できない
 だから休みは建築現場で終日 じっと見て過ごす。

こんな勾配にするほど隣の茶舗も返し これが5寸角で
 俺の記憶では45度の10寸角か。。。

霧雨が降り続く 一歩も家を出ず。。。土曜日の絵の教室
 カミさんはひたすらデッサンの練習に過ごす。

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